企業が事業の縮小や一時休業、さらにはタイ市場からの撤退を検討する背景はさまざまです。どれほど堅実に経営を続けていても、その半分は為替変動・景気動向・政策変更といった外部要因に左右されます。
特に、親会社を持たない中小規模の日系企業においては、銀行融資を受けにくい構造や、政府(タイ・日本を問わず)支援の対象外(となりやすい)現実が経営を一層厳しくしています。在タイ現地法人について、コロナ禍においては、給付金おろか減税策もほとんどなかったことで、数多くの倒産劇がありました。
さらにコロナ禍以降、人件費や家賃の高騰に加え、IT化やAI技術の発展によって、外資規制で求められるタイ人雇用義務のコスト負担が一層重く意識されるようになりました。さらに、オンラインを中心とした事業運営が不可欠となった結果、業種によっては外資規制遵守のためのコストが非常に大きな負担となっています。
最終的には経営判断を行うにあたり、検討すべきタイ現地法人の撤退(売却・解散・清算)および事業継続を前提とした一時休業(休止)の手続きについて、このページでは実務と法的観点から体系的に整理しました。事業判断の参考としての一助となれば幸いです。
目次
1. 撤退・一時休業を検討すべきタイミング
一般的に、3期連続赤字や資本金の半分超の累積損失が続く場合は、売却・解散と一時休業の検討段階です。
ビザ・ワークパーミット維持のために実態と異なる黒字申告(架空売上)や赤字申告(架空タイ人経費計上)を続けている場合、実態が把握しづらいほか、税務・刑事リスクが高く、非推奨です。
2. 撤退の選択肢(売却 vs 解散)
2.1 売却(事業譲渡・株式譲渡・合併)
一番迅速で経済的ダメージが少ない撤退方法です。しかし、買い手が見つかるか次第です。その際は、事業譲渡、株式譲渡、新設合併/吸収合併*といった手続きを経ることとなります。
2.2 解散・清算(Liquidation / Winding-up)
売却先が見つからない、売却が不成立の場合、解散・清算の方法を取ることとなります。その際、特別決議→公告・債権者通知→決算・監査→税務審査(VAT抹消)→最終総会・抹消登記という手順を辿ります。
手続きを行うにも資金が必要です。撤退ラインを設けず最後まで突き進んだ結果、夜逃げ、という事態は避けたいところです。
3. 解散・清算の手順(法的要件・実務)
[1] 解散決議(特別決議/清算人選任)
- 臨時株主総会の招集(通知は通常14日前+新聞公告)
- 議決要件:出席議決権の3/4以上の賛成(定款優先)
- 清算人(Liquidator)選任:回収・売却・弁済・分配を統括
- 登記:解散決議後14日以内に「解散・清算人」登記
- 裁判所申立:営業が損失しか生まず再建不能時は裁判所解散申立可(民商法典 第1237条)
[2] 解散公告・債権者通知
- 新聞公告(債権申出の機会付与・2回実施が通例)
- 個別通知:帳簿上の債権者に書面通知
- 未申出対応:相当額を登記局へ供託
[3] 決算・監査・税務(VAT抹消)
- 監査済財務諸表を作成・株主総会で承認
- 税務署へ解散通知、VAT登録抹消の申請
- 税務審査:解散登記後150日以内(長期化あり)
- 注意:VAT抹消承認まで月次VAT申告が継続する場合あり/未納税は加算税・罰金対象
[4] 債務超過時の破産申立
清算人が資産で債務を賄えないと判断した場合、直ちに裁判所へ破産申立義務(民商法典 第1266条)。以降は管財人管理へ。
[5] 清算報告・最終総会・法人抹消
- 清算期間中は90日ごとに登記局へ清算状況報告
- 全処理完了後、最終株主総会で清算報告・決算承認
- 総会承認後14日以内に清算完了登記 → 法人格抹消
- 抹消後も帳簿・書類は原則10年間保存/債権請求の時効は清算完了後2年
4. 一時休業の税務申告・社会保険事務所への届出
解散・清算ではなく事業再開を前提に停止する場合の実務です。必要不可欠な事由があるとき、一時休業手続きを行うことが可能です。一時休業手続きをしておかないと、社員雇用がなかったり、売上申告が途切れた場合、所得隠しを疑われ、税務調査が入ります。そうならないための届出です。
一時休業時の実務
| 項目 | 要点 | 備考 |
|---|---|---|
| 根拠 | 労働者保護法(LPA)第75条 | 対外的資料作成(需要減、設備不全、供給断等) |
| 賃金 | 原則:平均賃金の75%を支給 | 労働者との合意を明確化(就業規則・同意書)。社会保険事務所は届出内容・同意との整合性を確認 |
| 届出 | 労働局 e-Service で届出(มาตรา 75) | 対象者CSV等をアップロード/期間明記 |
| 届出 | 税務署 30日を超える休業の場合、停止届(ภ.พ.09) | 受理後のPP30ゼロ申告の要否は所轄指示に従う |
一時休業しても、税務申告(月次・年次)が必要
よくある誤解ですが、休業中でゼロ申告でも、PND.1/3/53/PP30等の月次申請、PND.50/51の年次申請は継続される。特に、年次監査・株主総会承認・DBD提出は監査費用がかさむので、自身で行うことができず、おろそかになりがちです。しかし未提出は処罰の対象となります。
また、一時休業の上限はありませんが、必要性・相当性が求められます。長期化する場合は、従業員保護やコンプライアンスの観点から、撤退(売却・解散)の検討が必要となります。
5. 撤退か、一時休業か。比較と判断軸。
| 観点 | 売却・解散(清算) | 一時休業(LPA75) |
|---|---|---|
| 目的 | 撤退/法人抹消 | 再開前提の休業 |
| 所要期間 | 小規模で6か月~年単位(税務審査次第) | 即日~数日/税務署・社会保険事務所への届出 |
| 人事コスト | 整理解雇:事前通知(60日)+解雇補償金の支払義務あり | 原則賃金75%の給与支給 |
| 税務申告 | VAT抹消まで月次申告。BSの資産売却益等の申告 | 停止届(PP09)を届出後も月次申告の継続義務あり |
| 年次義務 | 法人抹消完了まで申告義務あり | 通常通り申告義務あり |
| 就労ビザ/ 労働許可 (Work Permit) |
継続不可。就労ビザについては閉鎖を理由とした延長ができない | 難しい。イミグレーションが規定する基準を満たす必要がある。 政府によって在宅勤務が推奨されたコロナ・パンデミック中でも、タイ人従業員雇用の確認として、イミグレーション係官の会社訪問がありました。推して知るべしです。 |
| BOI | 恩典返還・設備売却制限に留意 | 操業停止扱の報告・条件に留意 |